先日、豊田市の議員さんたちが山恵を訪ねてくださいました。
今回アポをいただいた時から、「現場を見たい」という言葉があって。こういうふうに実際に足を運んでくださる方がいると、単純にうれしいんですよね。
話すだけなら電話でもできるし、資料を送ることもできる。それでも来てくれるというのは気持ちが違うと思っています。
ご案内しながら、いろいろとお話しました。
豊田市内では年間、猪と鹿を合わせると4,000頭近くが有害捕獲されています。山恵が今年受け入れられたのは600頭。パーセントにすると、まだ全体の15%にも届かない。残りのほとんどは、山に埋められるか、焼却処分されているのが現実です。
この数字を伝えると、多くの方が「もったいない」と言います。
でも私はいつも、
「もったいない」の先をどうするか、が難しいんだなぁ・・・と思ってしまいます。
命を食べ物にするには、捕まえてからの時間勝負だったり、処理できる人と施設が必要で、衛生管理があって、販路があって、買ってくれる人がいて、はじめて循環します。どれかひとつが欠けてもつながらない。
話しながら、ふと「議員さんはどこまで知っているんだろう」と思っていたんですが、聞いてみてびっくりしました。
すでに狩猟免許を取得されているとのこと。
なんと(笑)。
自分で免許を取って、この問題に向き合おうとしている議員さん。
なんか、すごいなあと思いました。(語彙力皆無(笑))
制度や予算の話をする立場の人が、自分で山に入る準備をしているって、それだけで話の重みが変わる気がします。現場を知っている人と、知らない人とでは、同じ「獣害対策」という言葉でも、見えているものが全然違うと思うんです。
私が動物看護師をやめてこの仕事に入ったのも、結局、「現場を知らないままでいることへの違和感」みたいなものがあったからで。だから余計
に、免許を取ったという話が、嬉しかったんだと思います。

「山恵を作った意味って何だろう」と考える時、
「処理する施設があること」だけじゃないと思っています。
こうして来てくれる人がいて、話ができて、現場を一緒に見てもらえる場所になっていることが、じわじわと何かを動かしていくんじゃないかな、と感じています。
すぐに全部が変わるわけじゃないけれど、知っている人が増えていくこと、現場に来てくれる人が増えていくこと、それが積み重なって、いつかちゃんとした循環につながると信じています。
また来てください。一緒に考えていきましょう。
—井原